▲ジルは「危険なドライバー」か?

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79年フランスGP79周目、タイヤスモークを激しく立ててルネ・アルヌーを再びパスするジル・ビルヌーブ

◆Gilles villeneuve vs Renè Arnoux best about 1979 F1より)


1 ジルのドライビングの「評価」


ジル・ビルヌーブの6年間のF1生活の中で、ベスト・レースはと問われると、多くのファン諸氏は81年のモナコGPを挙げるかもしれない。抜き所の少ない市街地サーキットで予選7位からのスタートで、しかもタイムラグの大きい初期型ターボ車というハンドリングの極端に難しいマシンを見事にコントロールして優勝したということを考えれば、確かに私もそうだと思う。

しかしながら、ジルのレースキャリアを検証する際のトピックになるレースを、と考えれば、私はむしろ2位に終わった1979年フランスGP(ディジョン=プレノワ)を挙げたい。この年のフランスGPは、ターボエンジン登載車がF1史上初の優勝を飾ったレースとして有名であるが、同時にジルと当時ルノールネ・アルヌーがF1史上に残る激しいバトルを繰り広げたレースとしても今なおファンや関係者の間で語り継がれている。

そして、2人のバトルをどのように「評価」するかということが「ジルのドライビングをどう評価するか」ということにつながっているだけでなく、「コース上でのオーバーテイクとはどういうものなのか?」ひいてはモータースポーツの魅力、F1の魅力とは何か?」というある種ラディカルな問いにもつながっている。別の言い方をすれば、それだけ後々まで「論争」を呼んだトピック、といえるかもしれない。

それでは、まず、終盤のバトルを中心に据えて1979年7月1日のあのレースを振り返ってみたい。


2 1979年フランスGP


【ジルとアルヌー、バトルの経過】

*1979.7.1  80周の決勝レースがスタート、ジルは予選3位からホール・ショットを決め一気にトップに立つ。

*47周目  終盤にかけてタイヤの摩耗が目立ってきたジルはジャン=ピエール・ジャブイーユ(ルノー)にパスされ2位に落ちる。

*71周目  さらにジルを猛追する3位のルネ・アルヌー(ルノー)がファステスト・ラップを記録。
         (1'09.160)

*78周目  第1コーナーでアルヌーが満を持してジルのインに飛び込み、2位に上がる。
         このままルノーの1-2かと誰もが思ったが…。

*79周目 第1コーナーでジルがタイヤスモークを立てながらアルヌーのインに飛び込み、2位奪還。

*80周目  ファイナルラップ、再び第1コーナーでアルヌーがジルのインを差して2位に上がる。
         その後要所要所で互いにオーバーテイクし合う激しい空中戦、最後はジルが2位を辛うじて確保してゴール。コンマ15秒差で3位アルヌー。優勝はジャン=ピエール・ジャブイーユでF1史上初のターボエンジン車の優勝。
  

【参考リンク】
◆YouTube - F1 France GP 1979 (動画3分10秒)
→現在は削除されています。
◆Gilles villeneuve vs Renè Arnoux best about 1979 F1(動画9分50秒:Lap75以降の経過)
<実況:イギリスBBC放送/マレー・ウォーカー(英語)>


79年フランスGPでのジルとアルヌーの空中戦は、イギリスBBC放送のF1実況アナウンサー、マレー・ウォーカー氏が、79周目のジルのオーバーテイクの際に"increeeedible!!!"と叫んでいるように、全く「とんでもない、信じられない」オーバーテイクの応酬だった。

ベタな言い方をすれば、ジルが2位を奪還した79周目、さらにルネが80周目ファイナルラップに再びアタックを仕掛けた1コーナーの攻防は「マジここで行くか?」。その後、コーナーごとにオーバーテイクを仕掛け合い、ホイールをぶつけ合って順位を入れ替えていく展開は「ここまでヤルかアイツら」といったところだろうか。しかもそれでいて両者リングアウトもダウンもせずに真正面からドツキ合いを続けた2人のやりとりはエキサイティング、といえばあまりにエキサイティングな戦いであって、単純な私としては「これこそがレースのバトル」だと思うのだが、レース後、ジルとアルヌーのバトルは大きな「論争」を生むことになる。


3 レース後の「論争」


2人のバトルに対しては、ドライバーや関係者からは「あまりに危険すぎる。一歩間違えば大事故となるのに、2人に危機管理はあるのか」と批判が相次いだという。しかも、当時のディフェンディング・チャンピオンだったマリオ・アンドレッティ(ロータス)は「ただ単に、二頭の若いライオンが牙を剥き合っただけだ。危険極まりないくだらないバトルだ」と切って捨てた。また、以前F1関係の掲示板でジルの話題が出た時に「え、あれがバトルの見本? ただ単にお互いのガードが甘かっただけだろ(プゲラ」といったようなレスを見た記憶がある。

このような見解に対して、「何を言ってるんだ、オーバーテイクこそがレースの華だろ? それにそもそもレースなんて危険なものじゃないか」と言い返すのはある意味簡単だ。


4 ジルとアルヌーのバトルへの「批判」の理由


しかし、ジルとアルヌーのバトルを「くだらない」と切って捨てたのが他ならぬマリオということにはそれなりの重みがある。彼は50歳半ばまで、CART→F1→CARTとトップ・クラスを走り続けた根っからの「レーサー」だ。イギリスのF1ジャーナリストのナイジェル・ルーバックに言わせれば「レーシングマシンのドライブという仕事が心底好きでたまらない」ドライバーである。そのマリオをしてなおジルとアルヌーのバトルを「くだらない」と言わせた理由は何か…? 高速で疾走するレーシングマシンのオーバーテイクが見る側にとってはエキサイティングでスペクタクルなものであっても、やる側にとってはいかに危険で経験とテクニックを要するものなのかを、CARTオーバルコース育ちの彼は十分すぎるほど知っているからである。

また、F1系の掲示板で見かけたレスは、「センス自慢のメタゲーム」、もっと平たく言えば「オレの方がオマエよりF1を、モータースポーツをよりよく理解している」という自尊心バトルの部分を一度差し引いてみた上で読む必要があるだろう。「ガードが甘かっただけだろ?」のレスの前には「79年フランスGPでの、ジルとアルヌーのバトルの映像を見たか? それ見てからものを言いやがれこの厨房が」というこれまた優越感ゲームに満ちた言説があったのである。

その辺りを差し引いて読めば、「ガードが甘い」という見解にはそれなりの理由がある、とは思う。ジルがブレーキングを遅らせて強引にアルヌーのインを突く、タイヤが限界に来ているジルは踏ん張りきれずにアウトに膨らみ、その隙にまたアルヌーがジルのインに無理矢理ノーズをこじ入れる。でもアルヌーのルノー・ターボもまた消耗激しくコーナーからの立ち上がりが伸びない。で、またまたジルがアルヌーのインを…と見ていくとまたイメージが変わって来るかもしれない。相手を押さえ込める保障なしにオーバーテイクを安易に仕掛けて簡単に抜き返されるのはどうよ、といったところなのか。

だからここでは「あのバトルがくだらない、つまらないなんてアンタらの感受性がimpotenceになってるだけだ」(爆)などとは敢えて言わないでおきたい。ここは一歩後に引いてみて、同時代の関係者やドライバーが、実際にジルのドライビングをどのように感じていたか、受け止めていたかをインタビュー記事等の中からさらにたどっていこうと思う。

<次回に続く>