▲「ステップニーゲート」の倫理と論理(1)ここまでのまとめ


フェラーリの機密情報がチームの上級スタッフの手によってマクラーレンに漏れていたというF1史上最大のスキャンダルともいうべき「疑惑」は、スクーデリア・フェラーリの当該関係者の名前を取って「ステップニーゲート」と呼ばれているが……第14戦ベルギーGPを前日に控えたこの9月13日にパリで開かれたFIA世界モータースポーツ評議会で裁定が下され、また新たな展開を見せることとなった。

この一連の「疑惑」は、モータースポーツに関わる各種の関係者にとって、「どのようなアプローチで」勝利を目指すのか、また「ライバルへのアドバンテージを得る」ためにどのような振る舞いを認め、または認めないかといった行動原理に関わるという意味ですぐれて倫理的な問題であることはいうまでもない。と同時にF1、ひいてはモーターレーシングというスポーツそのものの「コンプライアンスが社会的に問われ、関係者の処遇が大きく注目されている事案でもある。改めてこの「ステップニーゲート」について書かれたwebコンテンツやブログ記事を追っていく中で、疑問や考えさせられる点がいくつか出てきたが、まずは一連の経緯と事実認定をざっと整理しておきたい。


【1 問題となっている行為】


<1>内部機密情報の漏洩について
*スクーデリア・フェラーリのテスト&テクニカル・マネージャーのナイジェル・ステップニー氏がマクラーレンメルセデスの上級エンジニアであるマイク・コフラン氏に2007年の3月~5月にわたって、チーム内の機密情報を渡していた。
(約780ページに渡る機密文書がコフラン氏の自宅で発見…フェラーリF2007の技術設計図、作業過程、チーム戦略、予算、組織の内部構造などに関する情報)

<2>レースマシンへの破壊工作について
モナコGP直前にマシンの下部から白い粉状の薬物(後の調査で洗剤と判明)が発見され、上記のステップニー氏の関与が疑われた。

<3>ホンダへの情報漏洩について
*ステップニー氏、コフラン氏(及び数名のスタッフ)が、2007年4月~6月にかけてホンダのニック・フライCEOと同チーム移籍に関して会談。フェラーリの内部機密情報の漏洩が疑われた。

まず、疑惑の中心人物とされるナイジェル・ステップニー氏は、上記<1><2>のいずれについても関与を否定、しかしフェラーリサイドはステップニー氏を解雇、同時にイタリアの司法当局に刑事事件として告訴している。また、コフラン氏はフェラーリの機密情報をステップニー氏から受け取ったことを認めるも実際には内容を一切精査しておらず、マクラーレンのパフォーマンスに何らの影響も与えていないと主張するが、フェラーリは同氏をイギリスとイタリアの司法当局に告訴している。また、同氏は現在マクラーレンから停職処分を受けている。

さらに、<3>については、ホンダ及びステップニー、コフラン両氏とも会談の事実は認めたが、三者ともその際のテーマは移籍後の業務や新しいシステムについての提案であり、フェラーリの機密情報は一切提供されていないと主張。この件については現時点では不問にされている。


【2 マクラーレンへの「処分」について】


ボーダフォンマクラーレンメルセデスチームが2007年第13戦までにカウントされたコンストラクターズ・ポイントを剥奪する。
※ただしドライバーズ・ポイントについては剥奪しない。
※同チームは、第14戦以降もレースに参加できるがコンストラクターズ・ポイントは与えられない。
※同チームに罰金として1億ドル(史上最高金額)を課す。

※次回の評議会は12月に開催予定。その中で2008年マシンに当該漏洩技術が関与していないことを証明できなければ2008年シーズンのコンストラクターズ・ポイントはカウントされない可能性もある。

マクラーレンへの処分については、7月26日に開催された世界モータースポーツ評議会では、同チームがフェラーリの機密情報を不正に保有しており、国際競技コード(FIA International Sporting Code)の151(C)条に違反していると認定されたが、「この情報がF1世界選手権に不適切な影響を与えるような方法で使用されたという証拠は不十分である」として一旦「処分なし」との裁定が下った。しかし、この裁定を不服とするフェラーリの意を受けたイタリア自動車連盟からのアピールにより、FIAマックス・モズレー会長はこの案件を国際控訴裁判所へと送り、公聴会が9月13日に開催されることとなった。

その後、「新しい証拠が提出された」として控訴裁判所の公聴会はキャンセル、同じ日に再度世界モータースポーツ評議会公聴会がアレンジされることとなり、今回の裁定では一転してマクラーレンにとっては厳しい内容の処分となった。


<注>FIAは、8月31日付けFIA会長名でマクラーレン正ドライバーのフェルナンド・アロンソルイス・ハミルトン、そしてテスト&リザーブドライバーのペドロ・デ・ラ・ロサに「この件について知り得た情報についてすべて提出してほしい」旨の文書を送付、そうすれば国際競技コードあるいはF1規約に係る違反行為があったと認められてもペナルティを課さないというある種の「司法取引」を持ちかけている(ペドロ宛の同文書をFIAのwebページで公開)。
◎FIAからアロンソ ハミルトン デ・ラ・ロサへの書簡内容:FIA公式プレスリリース(F1通信さん)


【3 関係条文について】


<FIA International Sporting Code>
151
Any of the following offences in addition to any offences specifically referred to previously, shall be deemed to be a breach of these rules:

c) Any fraudulent conduct or any act prejudicial to the interests of any competition or to the interersts of motorsport generally.

<日本語訳(大意)>
151条
ここまで述べた違反に加えて、以下の行為はこのスポーティング・コードの違反と見なす。
c) 競技の、あるいはモータースポーツ全体のあらゆる利益に対して詐欺的に、あるいは不正に作用するあらゆる行為
◎International Sporting Code Regulations PDF Page

「インターナショナル・スポーティング・コード」とは、FIA規定の各種の選手権(championship)、カップ(cup)、チャレンジ(challenge)、トロフィー(torophy)など共通の競技規定で、全212条の本文と、アペンデックス(appendix:附則。H~Oの5つがある)から成っている。それに加えて、各カテゴリーごとの規定(競技規定、車両規定等)が定められている。

余談ながら、よく使われる「チャンピオン」の称号は正式にはその年度における「チャンピオンシップ」全体の優勝者にのみ与えられるものであり、その他のカップ、チャレンジ、トロフィーの全体優勝者は「ウィナー」と呼ぶ。


(以下、5000字の字数制限がありますので、具体的な論点については記事を改めます。)


イメージ 1

9/13評議会後に記者会見をするロン・デニス

◎YouTube - Ron Dennis pressconference after verdictより