▲「ステップニーゲート」の倫理と論理(2)~トリッキーな7月評議会決定




1 「トリッキーな」7月評議会決定


「ステップニーゲート」におけるマクラーレンへの処分について、先の7月26日に開催されたFIAモータースポーツ評議会での「処分なし」から、一転して9月13日開催の評議会では2007年のコンストラクターズ・ポイントの剥奪と史上最高額となる1億ドル(日本円約110億円)の罰金が科せられることとなったが……何故「処罰なし」から急転直下「厳罰」へと裁定が覆ったのか。

まずは7月26日付けのFIA公式プレス・リリース(以下「7・26プレス・リリース」)を見てみたい。

【プレス・リリース原文:英語版】

【日本語訳】(抜粋)
世界モータースポーツ評議会ボーダフォンマクラーレンメルセデスが、フェラーリの機密情報を所持しており、それゆえ国際競技コードの第151c条に違反していることを納得した。
しかし、この情報がFIAフォーミュラワン・ワールドチャンピオンシップに不適切な影響を与えるような方法で使用されたという証拠は不十分である。したがって我々は処分を科さない。

◎FIA、スパイ事件でのマクラーレンの処分なし:FIA公式プレスリリース(07.07.26)<F1通信さん>

マクラーレンフェラーリの機密情報を所持しており、しかもマクラーレンのマイク・コフラン氏が780ページにわたる機密情報-フェラーリF2007の技術設計図、作業過程、チーム戦略、予算、組織の内部構造に至る詳細な情報を「不正に」所持していることは、7月の評議会の時点で既に判明している。それゆえ「国際競技コードの第151c条に違反していることが認定されている。にもかかわらず、「処分を科さない」こととされた。

ここで、もう一度国際競技コード第151c条を確認したい。この条項では、「競技の利益あるいはモータースポーツ全般の利益にとって、詐欺的な行為あるいは詐害行為」が禁止されているのだが、コフラン氏の行為を国際競技コード第151c条に違反していることを認定しておきながら、「しかし、この情報が、FIAフォーミュラワン・ワールドチャンピオンシップに不適切な影響を与えるような方法で使用されたという証拠は不十分である。」とはどういうことなのか。そもそも「不正な」機密情報所持それ自体が151c条に該当するのであれば、それはすなわちF1ワールド・チャンピオンシップに不適切な影響を与えること、と解されるのではないだろうか。

7・26プレス・リリースには、もし当該機密情報が「チャンピオンシップに損害を与えるために使用されたことが判明すれば」再度評議会を招集する旨の一文が続き、実際「新しい証拠」の提供によって9月13日に再招集され、マクラーレンには一転して「厳罰」が下された。しかしながら、このリリースをリテラルに読めば、そもそもこの時点での評議会の決定が一種のアクロバティックなロジックに拠っていることが上記のとおり見て取れる。


2 結論ありきの「落としどころ」


ありていに言ってしまえば、7月評議会決定は、「マクラーレンが良からぬことをやらかしたのは間違いない。しかしチャンピオンシップの混乱を避けるため、ペナルティは科さない」という興業面を重視した結論ありきのものだったのではないかと思われる。

実際、7月26日の評議会開催前に評議会メンバーであるスペイン人ホアキン・ヴェルデゲイ氏の「マクラーレンには処分を科さないだろう」旨の発言がメディアからリークされ、さらに直前には同じく評議会メンバーのバーニー・エクレストン氏が雑誌のインタビューに答えて遠回しに「落としどころ」をほのめかしている。

F1興行主のエクレストンは「あらゆることを考慮して、ワールドチャンピオンシップに対する決定を下そうとしている人はいないようだ」と語る。「どうか悪い方に進んで、くだらない結果にはならないでほしい。最初からこんなことがなければよかったのにと思う。問題が解決されみんながそれなりに満足する方が明らかに有益だろう」

◎バーニー・エクレストン 「『ナンセンスなスパイ行為』はレースから関心を奪う」<F1通信さん>

この時点での、エクレストン氏を中心とした評議会の有力メンバーが考えていた「落としどころ」とは、例えばこういったニュアンスだったのではないだろうか。※

フェラーリの機密技術情報がフェラーリのスタッフから漏洩し、マクラーレンのスタッフが「不正に所有していた」ことは間違いない。

*ただしそれが「組織的」に行われたのかどうか、実際にマクラーレンがチャンピオンシップを有利に進めるために使用したのかどうか……は疑わしいところがあるかもしれないが、決定的な証拠は明らかではない(というかもう何も出てこないでほしい)。

*この漏洩事件は、フェラーリマクラーレンの上級スタッフがごく個人的に犯してしまったものと考えられる(というかそういう形で処理してしまおう)。両人への責任追及は現在進行中の司法手続きに委ねる。

*有力コンストラクターマクラーレンは、F1シーンには不可欠の存在であり、また、その所属ドライバーはディフェンディング・チャンピオンのアロンソと気鋭の新人ハミルトンである。彼らに著しい不利益を被らせるのはF1ワールド・チャンピオンシップの流れの中で(というか興業面からは)本意ではない。

しかしながら、元々が豪腕の弁護士出身のFIA会長マックス・モズレー氏周辺は、また別の考え方をしていたようだ。以下は推測がかなり入っているが、例えばこういうことではないかと考える。

「興業面での考慮」を前面に出した評議会の性急な決定は、F1グランプリの「コンプライアンス」を著しく損い、イメージを悪化させてしまう恐れがある。それに、本来門外不出のはずの機密情報がライバルチームに流出しているのだから、それだけでも(仮にマクラーレン&コフラン氏の主張どおり「ただ持っていただけで内容は一切精査していない」のだとしても)認めがたい行為であり、フェラーリとしてもこの「落としどころ」では到底納得できないだろう……云々と。

これら両者の思惑がぶつかり合い、調整と協議を重ねた結果、ある種の妥協策として、評議会決定の中にマクラーレンの上級スタッフの行為が「国際競技規定151c条に違反している」旨の一文が入ることになったのではないだろうか。しかしF1ワールド・チャンピオンシップへの影響を鑑みてポイント剥奪等の処分は行わない、と。いわゆる「事情判決」という形でバーニーサイドの思惑に「押し切られ」てしまったのである。怒り心頭のフェラーリ側としては当然納得できるものではなく、その意を受けたイタリア自動車連盟は控訴することとなった(控訴手続きを直接行えるのは各エントラントではなく、所轄のCSI:各国自動車連盟である)。


その後、FIA国際控訴裁判所での聴聞会のスケジュールがアレンジされるが、その流れを完全に変え、評議会そのものに差し戻すほどの「新しい証拠」が提出される。次回はその概要について見ていきたい。


※【追記】
◎Formula 1 : News Ecclestone - F1-Live.com -「上訴するな」とバーニー
当然7月評議会決定に納得できないフェラーリに対してやはりバーニーは「だめ押し」をやっていたようだ。このことからも彼が「とにかく何であろうと、もう事態を収めてしまいたい」と考えていたことがよく分かる。しかしこの記事がリリースされたのと同じ日、フェラーリ/イタリア自動車連盟はFIA国際控訴裁判所へ控訴することとなる。