▲「ステップニーゲート」の倫理と論理(3)~ドライバーの関与と処分の軽重


「ステップニーゲート」の倫理と論理、3回目は7月評議会の「マクラーレンに処分なし」の決定を覆す大きなファクターとなった「新しい証拠」に焦点を当てて振り返ってみたい。


1 「新しい証拠」~機密情報の「活用」とドライバーの関与



7月26日の決定後に申し立てられたという「新しい証拠」の内容は9月13日に再招集された評議会と続いてFIAから出された評議会の決定に関する公式プレス・リリース(以下「9・13プレス・リリース」)によって明らかになる。


FIAは、9月の評議会に先立ち、モズレー会長名で関係者-マクラーレンの正ドライバー(アロンソ、ハミルトン)とテスト&リザーブドライバーのペドロ・デ・ラ・ロサに対して情報提供の依頼文書を送付し「この問題の重要性を鑑み、この書簡に対して情報を提供していただいた場合、貴殿に対して国際競技コードあるいはF1規約の違反手続きをとることはないと私が保証します。」と一種の「司法取引」が持ちかけられており、その結果、正ドライバーのアロンソとテストドライバーのデ・ラ・ロサからe-mailの記録が提出された。

そのやりとりについては、詳細に9・13プレス・リリースの中で言及されており、内容の一部を抜粋すれば、以下のとおりとなる。

*2007年3月21日9時57分、デ・ラ・ロサ→コフラン
~翌日シミュレーターでテストするためにフェラーリの重量配分を知りたいと希望

*コフラン→デ・ラ・ロサ
フェラーリの重量配分の正確な詳細をテキスト・メッセージで返信

*2007年3月25日1時43分、デ・ラ・ロサアロンソ
~オーストラリアGPの2台のフェラーリのマシンのセットアップに関して、小数点2桁の位置の重量配分を提示

*2007年3月25日12時31分、アロンソデ・ラ・ロサ
~「その重量配分には驚いたな。100%信頼できるかどうかわからないけど、少なくとも目を引くね」

*2007年3月25日13時02分、デ・ラ・ロサアロンソ
~「フェラーリの情報はすべて非常に信頼できるよ。元チーフ・メカニックのナイジェル・ステップニーからきているんだ。
……彼はオーストラリアで、キミが18周目にピットストップすると教えてくれた例の人物だよ。彼はうちのチーフ・デザイナーのマイク・コフランととても仲がいいんだ。彼がコフランに教えたんだよ」

9・13プレス・リリースは、続いてタイヤ・ガスやブレーキングシステムなどフェラーリから得た情報についてペドロがマクラーレンでテストできるか検討した、との証言に言及しているが、このことについて評議会は「テストドライバーが単独でそういう行動を取るとは不自然」とマクラーレンの複数の技術スタッフの当該機密情報への関与の可能性を指摘している。

そして、7月の決定を覆した「新しい証拠」はもう一つある。それはステップニー・コフラン両氏のe-mail等の正式な通信記録であり、マクラーレンに流出した機密情報は、件の780ページにも渡る内部文書にとどまらないことを示唆している。さらに、当該機密情報がマクラーレンのマシン開発やレース戦略に与える影響、コフラン氏のマクラーレンの中での職階上の位置付けなどを詳細に検討したうえで、評議会は、「マクラーレンの非難されるべき行動がコフランの行動のみであることを受け入れない」とした。

9月評議会時点でのFIA及び評議会の認定事実と見解の要点は以下のとおり。

マクラーレンのマイク・コフランは当初目されていたもの(780ページに及ぶ機密情報)以外にも多くの情報をナイジェル・ステップニーより受け取っていた(技術情報のみならず作戦情報など)。

*そしてその情報はコフラン氏で止まっていたのではなく、アロンソデ・ラ・ロサ等チーム内である程度共有されていた。

*テストドライバーのデ・ラ・ロサは、不正に取得されていたことを知りつつ、フェラーリのマシンの重量バランス等の機密情報をコフラン氏に求めて提供を受け、正ドライバーのアロンソと共有していた。その目的は「シミュレーション・テストを行うため」
(結果的にはそのテストは行われなかったが、それは単に「今回はやっても技術的に意味がなかったから」に過ぎない)

*コフラン氏のマクラーレン内部でのポジション、以上のチーム内スタッフの行動(ドライバーも含む)を考えれば、フェラーリの機密情報がマクラーレン内部において「組織的に」活用され、競技上アドバンテージを得ていた可能性は非常に高い。
(ただしそれがどの程度のものかを定量的に正確に判断することは不可能ではある)


2 マクラーレンへの「処分」は重いのか?軽いのか?


コンストラクターズ・ポイント剥奪と史上最高金額とされる100億円を超す罰金が科されたのだからそれ自体は「制裁」と呼ぶべき「重い」ものではある。ただし、上記で見ていったとおり、本来他チームが有していてはいけない機密情報が漏れ、「組織的」に検討・活用されていたことが明らかであり、チャンピオンシップへの影響もあった、と認定された以上少なくともコンストラクターズ・ポイントの剥奪は妥当であるとも言える。

ただ、一方では、ドライバーの関与という観点から、また来季仕様のマシン開発という観点から、この処分ではまだまだ「軽い」という見解もある。その見解はフェラーリだけではなく、評議会のメンバーの中にもあったと伝えられており、ドライバーへの処分がなく、2008年シーズンの参戦についても現時点では認められているのだからまだ「軽い」方だ、というわけである。事実、フェラーリジャン・トッド氏は9月評議会での「処分」に満足していないとも伝えられている。

ドライバーへの処分がなかったのは言うまでもなく、8月末にFIAマクラーレンのドライバーズ・スタッフに資料提出依頼をした段階で「正直に言ってくれれば処分はしない」という「司法取引」があったためであって、また、2008年シーズンの参戦(とコンストラクターズ・ポイント)については、フェラーリの機密情報が2008年仕様のマシンに使われていないことをマクラーレンが12月に開催予定の評議会で証明しなければならない、とあり、今だ流動的な状態にある。さらに、ドライバーの関与についても、もし仮に9月評議会で各ドライバーが提出した以上の「さらに新しい証拠」が明らかにされた場合は、ポイント剥奪等の処分が行われる可能性も残ってはいる。

ではここで、ドライバーズ・ポイント剥奪等の「大きな処分」が行われた(あるいは疑惑が取りざたされた)過去の事例をまとめてみたい。F1だけでなくWRC(世界ラリー選手権)の事例も挙げてみたが、何分記憶を元に列挙してみたのであやふやな点もある。

もしおかしなところ、事実誤認の点がある場合は、ご指摘いただければありがたいです。

※<F1>1982年 ブラバム/ウィリアムズ
車両規定(最低重量)違反
第2戦ブラジルGPで優勝ピケ(ブラバム)、2位ロズベルグ(ウィリアムズ)のマシンに対してルノーからアピール(「ブレーキ冷却用」と称する水タンク疑惑)
→抗議が認められ両者失格。ただしその処分に抗議するイギリス系チームが第4戦サン・マリノGPをボイコットする事態に至る(背景にFOCA<イギリス系チーム>とFISA<ヨーロッパ大陸系チーム>の対立)。

※<F1>1984年 ティレル
アメリカ東GP後の車検で水タンクから炭化水素を検出。エンジンのパワーアップに違法に関わるものと判定される。
→84年シーズンのコンストラクター、ドライバーズポイント(ブランドル、ベロフ)ともに剥奪。

※<WRC>1990年 ランチア
車両規定違反疑惑
開幕戦モンテ・カルロラリーで、フィナーレ(最終レグ)のチュリニ峠のステージでディディエ・オリオールの駆るデルタ・インテグラーレが大逆転勝利。しかしラリー後の車検でターボの封印が外れていたことが発覚。
→ターボに違法な改造が行われたのではと疑われたがチームは完全否定、結局不問に。

※<F1>1990年 フェラーリ
サンマリノGPで、チェザーレ・フィオリオ監督が自分のムスメにセクシーな格好をさせてマクラーレンのピットに「スパイ」として送り込み、パドックが騒然となる。
ロン・デニス代表とフィオリオ監督が話し合い、和解。

※<F1>1990年 ラルース
チーム名登録のミス。実際には「ローラ製シャーシ」を使用していたが、チーム名に「ローラ」が入っていなかった(「エスポ・ラルース・ランボルギーニ」)
コンストラクターズ・ポイント剥奪、ドライバーズ・ポイント(亜久里、ベルナール)は有効。

※<F1>1994年 ベネトン
ミハエル・シューマッハ車の車両規定違反等
→ベルギーGPの優勝・チャンピオンシップポイントの無効、その後3戦出場停止(トラクション・コントロール使用疑惑は不問)

※<WRC>1995年 TTE(トヨタ・チーム・ヨーロッパ)
ターボチャージャーの車両規定違反…リストリクターの不法改造が終盤のカタロニア・ラリー(スペイン)終了後の車検で判明。
→最終戦RACラリーの出場停止、95年のマニュファクチャラー、ドライバーズチャンピオンシップからの排除(獲得ポイント、リザルトは有効)
→96年シーズンの出場停止

※<F1>1997年 フェラーリ
終戦ヨーロッパGPでミハエル・シューマッハがジャック・ビルヌーブ(ウィリアムズ)に故意に接触
→ドライバーズ・チャンピオンシップからの除外(獲得ポイント、リザルトは有効)、交通安全運動に関する奉仕活動

※<F1>2005年 B.A.Rホンダ
第4戦サンマリノGP、レース後の車検で車両規定違反(燃料タンク)発覚
→第4戦のポイント剥奪、第5戦(スペイン)、第6戦(モナコ)の出場停止


以上のように見ていくと、ドライバーズ・ポイントが剥奪(あるいはランキングからの排除)されたのは、車両規定違反のような明確な不正行為とその度合いが確定できる場合であり、今回の「ステップニーゲート」の例では、「司法取引」があったとはいえ、ポイント剥奪等の処分を科しにくいケースなのか、とも考えられる。

ただ、「コンストラクターズはポイント剥奪」「でもドライバーズ・ポイントはそのまま」というのも処分として整合性に欠けるという感も一方では否めず、結局は「政治的決着」が図られた、ということになるのだろう。