▼「社会的要請への適応」としてのコンプライアンス

■一般的には「法令遵守」と解されることが多い「コンプライアンス」とは何か?

コンプライアンス法令遵守)は、コーポレートガバナンスの基本原理の一つ。法律や規則といった法令を守るだけでなく、社会的規範や企業倫理を守ることまでも含まれる。企業におけるコンプライアンスについては、ビジネスコンプライアンスという場合もある。今日ではCSR(企業の社会的責任)と共に非常に重視されている。

近年、法令違反による信頼の失墜が事業存続に大きな影響を与えた事例が続発したため、特に企業活動における法令違反を防ぐという観点からよく使われるようになった。こういった経緯からか、日本語ではしばしば「法令遵守」と訳されるが、「コンプライアンス法令遵守ではない」という考え方を持つ専門家もいる。
コンプライアンス-Wikipediaより

■「コンプライアンス」の法的な位置付け(条文上「コンプライアンス」という用語は使われてはいないが)
*商法(会社法)上取締役、執行役の法定責任として規定。→民法第644条を準用した商法第330条(善管注意義務)、第355条
*商法(会社法)上従業員にも徹底させる義務 →商法第348条3項4号、同条4項、362条4項6号、362条5項


■フルセット・コンプライアンス
桐蔭横浜大学郷原信郎教授等が提唱する、「コンプライアンスとは法令遵守とイコールではなく、法令の遵守を含めた『社会的要請への適応』である」という考え方。
・企業の存在には、利潤の追求だけでなく、食品メーカーであれば「安全な食品を供給してほしい」、放送局であれば「歪曲されていない、良質な番組を流して欲しい」など、社会からの潜在的な要請があり、各種法令にも、制定に至るまでには社会からの要請がある。法令は常に最新の社会の実情を反映できているわけでなく、司法もまた万能ではない。故に、単に法令のみの遵守に終始することなく、社会からの要請に応えることこそがコンプライアンスの本旨であるというのがフルセット・コンプライアンス論の趣旨である。
・フルセット・コンプライアンス論では、法令を単純に条文通りに解釈し、「法の抜け穴」を突いたり、過剰に法律を振りかざしたりすることはコンプライアンスに背くこととしており、上記「コンプライアンスとモラル」の項とは矛盾する部分もある。
コンプライアンス-Wikipediaより

■フルセット・コンプライアンス論の詳細<項目立ては原文のものと異なる>
(「時の法令」No.1790<P63-P74>/H19.7.30号掲載)
郷原信郎氏「『社会的要請への適応』としてのコンプライアンスより)

【1「法令遵守コンプライアンス」という考え方の弊害】

パロマが20年間、刑事・民事の責任を全て回避できたのは、事故が起きて法的責任の追及を受けるたびに「不正改造が原因であって、パロマ側に問題がない」と主張し、それが検察庁や裁判所で認められてきたからである。……そうすると、パロマがこのような事態を招いたのは、法令遵守がなっていなかったからではなく、問題が表面化したときの対応を誤ったからではなく、もっと根本的な問題があると考えざるを得ない。
(「時の法令」No.1790/P64)
※「法令」だけでは事故が防止できず、原因の究明にまで至らなかった
~「法的責任の回避」=「社会的責任の蓄積」

<<「法令遵守」=「コンプライアンス」と考えることの弊害>>
*「法令」の枝葉末節にまで反応→基本的・根本的なところへの注意が向きにくくなる。
*「法令」そのものの限界と機能的な限界
 ~絶対的な限界(生と死に関わる微妙な領域、労働に関する問題等)/相対的な限界(社会実態と乖離しやすい歴史的背景)。
*「世の中の中心にはない」日本の司法機能の特徴
 ~刑事司法(逸脱者・異端者を弾き出す)/民事司法(通常では解決できない感情のもつれ等を扱う)
 ~日本の「成文法」主義:硬直的←→アメリカの「判例法」主義:法が社会の実態に柔軟に適応していく枠組み
→「法によるペナルティ」<<<<<「社会的サンクション」という日本の実態

【2 ”フルセット・コンプライアンス”とは】

法令・規則は、何らかの社会的な要請を実現するために定められているものであるので、通常は法令・規則を遵守することで社会的要請にこたえている。ところが、日本では、しばしば社会的要請と法令・規則の関係がずれているので、法令・規則にばかり目を向けていると社会的要請に反してしまうことにもなりかねない。
(「時の法令」No.1790/P69)

◎「社会的要請への適応」としての「コンプライアンス
→センシティビティー(社会の要請に対して鋭敏)/コラボレーション(センシティブな人・組織相互の)がポイント
→法に「魂を入れる」=社会の急激な変化・要請の変化に応じて法を全体として機能させていく方向に育てていくこと。

<<安全の「法令化」>>
いったん安全ブランドを確立するとそれを守らなければならないという意識が出てきて、さらには安全に反する事態が生じることは許されないという考え方になっていった。いわば安全が「法令化」してしまい、安全に反する事態の情報はトップに伝わらなくなっていったのである。安全に関して組織としてのセンシティビティーがあってこそ安全ブランドは生きるのであるが、それがない組織が安全ブランドを確立したので、逆に大きなリスクを生じさせてしまったのではないだろうか。
(「時の法令」No.1790/P74)

◎以下のの①~⑤の全てが機能的に働いて「コンプライアンス」がうまくいく。
=「フルセット・コンプライアンス
① 方針の明確化
求められている「社会的要請」とは何かの把握、どのように応えていくか。
② 組織の構築
「方針」を実現するための体制づくり~何を「方針」とするかで異なる。  
③ 予防的コンプライアンス
センシティビティー→「方針」に反する行為の阻止
トップ(方針の周知徹底)/ボトム(組織へのフィードバック)の両面
④ 治療的コンプライアンス
事実の解明/原因究明/是正措置
*「ムシ型」の違法行為(個人の利益のために個人の意志で) ←個人への厳しいペナルティ
*「カビ型」の違法行為(組織の利益のためにポストに随伴して) ←全体を取り除いた上で「カビ」の原因を除去
⑤ 環境整備コンプライアンス
 「カビ型」の違法行為に「ムシ型」に対する対応では×/組織間のコラボレーション~個別の企業・組織単独では限界。

【3 リスクマネジメントとクライシスマネジメント】
*リスク・マネジメント
 事業活動全般について「クライシス」を引き起こすリスク要因について平時から分析・抽出・予防しておくこと。
*クライシス・マネジメント
 リスクが顕在化してしまった際の対応(ダメージを最小限に)。時間との戦い(現状、原因、今後の方針等についての迅速な説明)
 法的責任の意識だけでは不十分→「安全」から「安心」への社会の風潮
→ともに「ダメージ」(社会的な批判を受けること)への対応=「コンプライアンス」そのもの




■【ノート】

1)このところ相次いで明らかになった企業の”不祥事”を「フルセット・コンプライアンスの5条件」に照らして考えると…?

2)「社会的要請」と「法令」……「コンプライアンス」は同時に制度設計を行い、規制・調整する側(立法・行政・司法)の問題。

3)フルセット・コンプライアンス論で重要な部分…「センシティビティとコラボレーション」。
 チェック機能→軌道修正あるい設計変更のための仕掛けづくり……「アーキテクチャ」の構築へ
「安全の法令化」にはリスクを何でも「ムシ型」として対処してきたことも要因の一つとして挙げられるのではないか。

4)「社会的要請」の反映としての諸法令それ自体は、行動原理としての「倫理」(定言命題)そのものではなく、条件(社会的要請への適応)付きの仮言命題。その社会的要請や法令をどう設計し、向かい合うかという根底の行動原理と意識が「倫理」。

→「法令」は固定的な「教典」ではない。現実の制度設計をいかにして具体的な条文上に盛り込み、 「社会的要請」「社会の実態」とのズレをいかにして補正していくか?

→制度の「設計書」の書き方、運用の仕方については確かにそれぞれ立法・司法・行政の専門家がいるが、設計書の「仕様」を示し、投げかけるのは「国民」=「民主主義」/「国民」にも求められるコンプライアンスの考え方

→いかに「公共空間」を設計するか?/「公共圏」とは何か?への議論にも(コンプライアンス=倫理の実装化?)

5)「社会的要請」とは一体何か?
「圧力としての空気」の区別が往々にしてはっきりしないことがあるのではないか。
 また、「コンプライアンス」=「法令遵守」ではない、としても、単に「とにかく外からツッコミを食らわないこと」になると同様の事なかれ主義に陥るのではないか。