△ホームストレート眉毛:カール・ベンドリンガー

attached(1)お嬢さん、俺たちに触ると…マクドするぜ
メルセデス・ベンツCカージュニアチーム、1991年のメンバー・・・左からフリッツ・クロイツポインター、カール・ベンドリンガー、そしてミハエル・シューマッハ


今回の「古館語録」は、1991年にレイトンハウス・イルモアからF1デビューしたカール・ベンドリンガーです。彼は1990~91年シーズン、かのミハエル・シューマッハやハインツ=ハラルド・フレンツェンらとともに当時のザウバーメルセデスグループCカー・ジュニアチームのドライバー養成プログラムを受けてF1に上がってきました。ジュニアチームのメンバーの中では最も将来を期待されたドライバーでしたが・・・。


(1) ホームストレート眉毛

(2) 眉毛の一筆書き

もう見たまんまですね(笑)。こんな太いゲジゲジ眉毛の人、そうそうお目にかかれるモノではありません。しかも左右がつながっているという2段オチ付き。4コマ漫画だったか、ベンドリンガーが眉毛をはずすと大きな味付け海苔になってて、それをおにぎりに巻いて食べる、といういかにもなシーンを以前見たことがあります。

(3)ラインの川下り走法

また来た。メルヘン街道とかロマンチック街道とかゲルマン系はみんなそのパターンか(笑)。フランス人ドライバーはみんなシャンゼリゼで何とかしてるとかいうのと同じようなノリですか。・・・でもベンドリンガーはオーストリアなんですけど・・・・・・・・。

(4)ドイツ帝国の右大臣

ちなみに左大臣はミハエルなんだそうな。だから、カールはオーストリアなんだってば(笑)。

(5)ベンツ三銃士

世に言う「メルセデス・ベンツCカージュニアチーム」の三人衆とは・・・一般にはフレンツェン、ベンドリンガー、ミハエル・シューマッハを指すんですが・・・上の写真の時にはフレンツェンは「出奔」してしまってました。ちなみにこの写真、当時の「レーシングオン」誌にも掲載されていたのですが、確か・・・”オレたちに触ると、マクド”もとい”ヤケドするぜ”とかいうキャプションが付いていたような記憶があります。それにしても・・・なんちゅー恐い顔や・・・・・・ミハエルが。

(6)メルセデスの秘蔵っ子

(7)顔面メルセデス

(8)人間メルセデス

ベンドリンガーのF1デビューは1991年日本GP、レイトンハウスからで、翌92年はそのままレイトンハウスのレギュラーとしてF1にフル参戦を始めました。おや、と思われる方もおられるでしょうが、エンジンは実質メルセデス・デザインのイルモア・・・とくればやっぱりメルセデスのバックアップでF1にやって来たことがおわかりかと思います。そして、93年にメルセデスCカージュニアチームの母体だったザウバーがF1参戦を始めると・・・もちろん、エースとしてリクルートされたのはベンドリンガーでした。(6)(7)(8)ともそれだけメルセデスとベンドリンガーの関係の深さが伺われるフレーズですが・・・(7)の顔面メルセデスはまだいいとして(いいのか?)、(8)の「人間メルセデスって一体何なんでしょうか(笑)。


と、F1デビュー後は、かつての同僚ミハエルほどではないにせよ、着々と入賞を重ね(最高位4位)、活躍が期待されていた矢先・・・・・・・94年のモナコGP予選中に大クラッシュを起こし、シーズンの大半を棒に振る結果となってしまいます。折しもアイルトン・セナローランド・ラッツェンバーガーが前戦サンマリノGPでこの世を去った直後の大事故だっただけに、カール本人にも精神的に大きなダメージとなってしまいました。結局翌95年何とか復帰を果たしますが・・・精彩を欠いたままこの年限りでF1から去ることとなります。

「クラッシュによるPTSDでF1を去った」とされた彼のその後の消息ですが・・・やはりレーシングドライバーとしてカールはカムバックを果たし、ツーリングカーやGTカーで今もなお参戦を続けています。ドイツ国内のツーリングカーのタイトルの他、FIA-GT選手権では、GTカーの名門、チーム・オレカのダッヂ・バイパーを駆り1998年は2位、翌99年は見事チャンピオンに輝きました・・・。



attached(2)2004・ポートレイト

カール・ベンドリンガー・2004年 昔のままの童顔

attached(3)FIA-GT:2005

2005年はマセラティを駆ってFIA-GTに参戦・・・マニ=クールにて