▲「ハイテク・ミケランジェロ」ジョン・バーナード

*今回の「古館語録」は、80年代~90年代を代表するレーシングカーデザイナーのジョン・バーナードです。

彼の代表作と言えば、まず挙げられるのがマクラーレンのMP4シリーズで、1984年から86年までニキ・ラウダアラン・プロストとともに3年連続でドライバーズ・タイトルを獲得(コンストラクターは84~85年)し、合計31勝をマークしました。その後はフェラーリベネトン、そしてまたフェラーリと渡り歩き、プロストチームのテクニカル・コンサルタントを最後に二輪のバイクレースへと転向、現在はプロトンKRチームのテクニカル・ディレクターとして活躍しています。


(1) ハイテク・ミケランジェロ


このフレーズ、フルタチさんのスマッシュ・ヒットの一つに挙げてもいいのではないかと思います(笑)。バーナード氏が手がけた先駆的技術の数々は、現在ことごとくF1シーンのトレンドとなっており、例えば、カーボンファイバー・コンポジットのシャシー(マクラーレンMP4/1)、セミオートマチック・トランスミッション(フェラーリ641)、吊り下げ式のハイノーズ(ベネトンB191)等々、まさに「ミケランジェロ」というフレーズがぴったりとハマる活躍でした。


(2) F1界の丹下健三


何かこういうパターン好きですね(笑)。90年代初めは、アドリアン・ニューウェーやロリー・バーンが台頭し、一方では長年の「ライバル」ハーベイ・ポスルズウェイト博士が堅実な仕事を淡々と続けていましたが、やはりF1マシン・デザイナーの「巨匠」と言えばジョン・バーナードでした。それゆえ、彼は2度にわたってフェラーリに招かれることになる(1988~90年開幕直後、92年~96年)のですが、「巨匠」にありがちな「偏屈さ」のせいなのか、頑として母国イギリスを離れようとせず、逆にイギリスにフェラーリのテクニカル・オフィスを作らせ、マシンのデザインに没頭することになります。

しかし、アクティブ・サスペンション時代にはさすがのバーナード氏もトレンド・セッターにはなり得なかったようで、次第にその「神通力」に陰りが見えてくるようになりました。ただ、彼の最後の仕事であるフェラーリF310B(97年モデル)は、ミハエル・シューマッハの快進撃を支え、フェラーリは遂にタイトル・チェイサーのポジションへ復帰することになります。


次回の「古館語録」は……お待たせしました(爆)、我らが「電気系統」、七色の言い訳オトコ、鈴木亜久里氏です。