▲「ステップニーゲートの倫理と論理」(4)~ルール化の必要性
【ステップニーゲート:過去記事】
▲「ステップニーゲート」の倫理と論理(1)ここまでのまとめ
▲「ステップニーゲート」の倫理と論理(2)~トリッキーな7月評議会決定
▲「ステップニーゲート」の倫理と論理(3)~ドライバーの関与と処分の軽重
▲「ステップニーゲート」の倫理と論理(1)ここまでのまとめ
▲「ステップニーゲート」の倫理と論理(2)~トリッキーな7月評議会決定
▲「ステップニーゲート」の倫理と論理(3)~ドライバーの関与と処分の軽重
「ステップニーゲート」の倫理と論理、これまでの3回の記事で、「疑惑」の大まかな経緯とFIA国際モータースポーツ評議会におけるマクラーレンへの処分について整理してきた。ここでなおも残る疑問は、次の2点である。
(1) 大なり小なり似たようなことはどこのチームもやっているのではないか? (2) 認められる「情報収集」と許されない「スパイ行為」とを区別するものは何か?
2 ロン・デニス氏のコメント ~守るべき不文律
マクラーレンのチーム代表ロン・デニスは先週末のイギリスGPで説明したように、一般的に許容できると見なされていることと、明らかな不法行為との間にははっきりした線引きがある。
デニスは過去の出来事を思い出して「我々のトラックの後ろで、マシンのボディワークのパーツを計測して写真を撮っていた他チームのエアロダイナミシストを捕まえたときはとても面白かった」と語った。
「この行為は限界を超えていたと言えるだろう」
「多くのカメラマンが他チームのマシンの詳細な写真を撮影するよう委託されているが、我々も他チームのマシンの詳細な写真を撮影している」
「これはグランプリ・レーシングではおそらく許容される行為の範囲内だろう」
「みんなが守るべき不文律の限界がある。これ(最近の申し立て)は、明らかにこれまでの事件を上回るものだ」
◎F1通信 F1とスパイ行為デニスは過去の出来事を思い出して「我々のトラックの後ろで、マシンのボディワークのパーツを計測して写真を撮っていた他チームのエアロダイナミシストを捕まえたときはとても面白かった」と語った。
「この行為は限界を超えていたと言えるだろう」
「多くのカメラマンが他チームのマシンの詳細な写真を撮影するよう委託されているが、我々も他チームのマシンの詳細な写真を撮影している」
「これはグランプリ・レーシングではおそらく許容される行為の範囲内だろう」
「みんなが守るべき不文律の限界がある。これ(最近の申し立て)は、明らかにこれまでの事件を上回るものだ」
デニス氏によれば、「不文律」ではあるが、正当な情報収集とそうでない不正なスパイ行為を分ける線引きはある、'という。上で例として氏が挙げているのは……。
※他チームのマシンの詳細な写真を撮ること→○どのチームでもやっている行為。
※マシンのボディワークのパーツを計測して写真を撮ること→×スパイ行為として「捕まえられる」行為。
※マシンのボディワークのパーツを計測して写真を撮ること→×スパイ行為として「捕まえられる」行為。
これはどういうことなのであろうか。おそらく、合同テストやGP中のプラクティス、レースなど、マシンが「公の場」に現れている所の写真を撮って、その画像データから他チームの技術情報や作戦などを「類推」したり「推測」する行為は問題ないが、パーツのデータを計測・記録するなど公表していない直接的なデータを「密かに」取ろうとする行為は良くない、ということなのだと思われる。
そういえば、フジTVの「89年F1総集編」だったと思うのだが、「スパイ」が「摘発」されたシーンが流されたことがあった。このケースは、ロンの披露したエピソードとは逆に、マクラーレン・ホンダがフェラーリのマシンに対して行った行為だった。シーズン途中に、フェラーリのニューマシン641シリーズがGP期間中のピットで披露された時のことだったが、ホンダのスタッフがフェラーリのマシンを遠巻きに見ながら何やらメモを取っている……城達也氏がジェットストリームなナレーションでフェラーリスタッフがホンダスタッフの存在に気が付いて取り囲むシーンをアテレコしていた。
……たちまち取り囲まれる。
「何メモしてんだい、スパイしちゃあ、いけないな」
メモは、取りあげられてしまった。
「何メモしてんだい、スパイしちゃあ、いけないな」
メモは、取りあげられてしまった。
3 マーティン・ブランドル氏のコメント ~「基本的なルール」を
マーティンは83年のイギリスF3で故アイルトン・セナに次ぐランキング2位、翌84年にティレルからF1デビューを果たした。冷静なテクニシャンである彼は、ルーキーながらこの年表彰台にも上がる活躍を見せるのだが……折しもティレルの「水タンク事件」の発覚でドライバーズ・ポイントを剥奪されてしまう。その後の彼は、一時期スポーツカー・レースでの活躍(ジャガー、88年WSPCドライバーズ・チャンピオン)を挟みながら、ベネトンでミハエル・シューマッハのチームメイトとなった92年に最高位となる2位をマーク、6年までF1マシンをドライブし続けた。現在は、BBCのF1中継の解説者として活躍する傍ら、若手ドライバーのマネジメントも手がけている。
問題は、ドライバーの契約論争があった場合の契約承認委員会は別にして、スタッフや情報の移転に関する基本的ルールがないことである。全チームが週末ごとに「スパイ」の目的で文字通り何千枚の写真を撮影しており、ホイールなど既知のサイズから簡単に部品の寸法を計算することができる。チームはお互いの無線をモニターしている。お互いのマシンの音響分析を記録している。スタッフは貴重な知識を持ったまま、常にチームを渡り歩いている。
◎F1通信 スパイ事件からF1を正常に戻す方法 by マーティン・ブランドル引用した部分はわずか数行であるが、各チームが実際にお互いに行っている「情報収集」について、マーティンのコメントは具体的で生々しい。マシンのボディ部分の素材としてのカーボン・コンポジットの使用、セミオートマチック・トランスミッション、ハイノーズ、アクティブ・サスペンション等々トレンドとなった技術的トピックのみならず、細かい部品のディテールに至るまで、これといった技術情報はすぐさま収集、分析、そして「応用」されていくのだろう。また、ドライバーとピットの間の無線傍受については、TV中継などでのファンサービスとも関係するだけに、そもそもTV中継の素材にふさわしいかどうかも含め、難しい問題であると思われる。
そして、この部分が一番「基本的ルール」の策定が求められているところだと思われるが、技術スタッフの移籍に伴う情報のコントロールがどのチームにとっても「頭の痛い」問題である。データそのものの流出をとどめ、コントロールしようとしても、本当に重要な情報は、そもそも各エンジニアやデザイナーのまさに「頭の中」にあり、それゆえ「スターエンジニア」の引き抜きが時として一種のスキャンダルと化すこともある。マクラーレンでセナの担当エンジニアだったスティーブ・ニコルズ氏がアラン・プロストの移籍に伴ってフェラーリに移籍した事例などはその好例であろう。
ロン・デニス氏のコメントにある「不文律の限界」……これはF1GPに関わる人々の中で、ケース・スタディ~そのほとんどは「トラブル」だと思われるが~を積み重ねる中で、共通理解として、一種の「空気」のようなものとして作られていったものなのであろう。しかしながら、マシンやチームの運営にかかる技術情報が高度化し、知的財産の一種として認識されるようになった現状では、そういった「不文律」はできる限り明文化したルールとするのが望ましいとは思う。ただ、過去から現在まで、明文化への動きがほとんどといっていいほど報じられていないことを考えれば、「スパイ行為」スレスレの(あるいは時として一線を踏み越えた)情報戦もまたF1GPの「コンペティション」の一部となっていて、解釈の余地を多く残すグレーゾーンが多く取れるであろう不文律の方が何かと当事者にとっては都合がいいのかもしれない。
そして、この「ステップニーゲート」は、F1GPの構造的な問題としてとらえられるのではなく、「チームスタッフの一部」の引き起こした「個人的な非行」と「チームの管理責任」といった観点から現実には処理されていくように思える。確かに、F1GPはプロフェッショナル・スポーツであり、興業であり、ビジネスであり、「きれいごと」だけでは済まないのはそのとおりだとは思うが、それ以前に何よりもF1がエンターテイメントとして成り立っているのは高度な技が披露される「スポーツ」であるからだとも考えたい。だから、「情報戦」とかある種の戦争のアナロジーで語られてしまうのはそうなのかもしれないが、スポーツはあくまでもスポーツなのであって本物の戦争ではない。
ごく個人的には、いっそのこと技術情報はもうオープンソースのようなものにしてしまえば、とも思ったりはするが、さすがにそれはむちゃな話だろう(爆)。
次回は、この「ステップニーゲート」の倫理と論理シリーズの締めとして、「コンプライアンス」の観点からこの一連の事件の位置づけを考えてみたい。